言葉の窓から

今日は,どんな景色が見えるだろう。

スタートラインに両足で立つこと

早く着きすぎて,扉が開くまで10分くらい待った。

どうぞと言われて入った待合室で,こちらの問診票を書いてください,3枚目は裏もあるので,そちらもお願いします,と言われた。

問診票を受け取ると同時に,一週間前,私の支離滅裂なメールを見て,短期間で書いてくださった情報提供書を受付のお姉さんに手渡した。

 

首から上のない女性の裸体が,これっぽちの現実味もなく描かれている絵の見えるソファに座った。

 

今日の日付,名前とフリガナ,生年月日。

ボールペンの先から,2枚目,3枚目まで力が伝わっていくのを感じ,なぜだか情けなくなった。

お母さん,元気に生んでくれたのに,こんなところに来てしまってごめんなさい。

そんな気持ちでいっぱいになって,堰き止めきれなかった水滴を,親指の根元で拭った。

診察の15分前,一番乗りで待合室に入ってきたのに,問診票を書き終わるころには,診察開始時間を1分過ぎていた。

 

身体は,指の先まで硬直していた。

これから頑張って話さないといけないんだから,と必死で肩と腕を揉んだ。

緊張するとトイレが近くなる私は,時間もないのに,荷物を全部持って,トイレに駆け込んだ。

いつも大きなリュックを背負って出かける私には,荷物掛けか荷物置き場が必要不可欠。

個室の中を360度見渡しても見つからず,背負ったまま便器に座ったことはここだけの秘密。

 

大学2年生の時に,一度こういうところに来たものの,初対面の人に話せるわけもなく,そこには二度と行かなかった。

そのこともあってずっと避けていたけれど,やっぱりどうしても,という状況になってしまい,もともとそんなにない勇気を絞りに絞ってやって来た。

前と同じようなことにはしたくない,そう思って,たくさん準備をした。

人に何かをお願いすること,それがとっても苦しいけれど,支離滅裂なメールを打った。

時間を作るために,自分の仕事を一つ,先輩にお願いした。

上長に,勤務時間の調整をお願いした。

気絶しそうなくらい,エネルギーを使った。

 

メールを受け取ってくださった方も,先輩も,上長も,みんな,優しく受け止めてくれた。

頑張って良かったと,心から思った。

 

北山みどりさん,と呼ばれ,診察室に入った。

問診票と書類から,いくつか質問を受けた。

話そうとすると頭が真っ白になる。

ええと,その…。

どんな症状が出てますか?

そう言われ,自分で3日かけて書いた手帳の後ろのメモを見せた。

気持ちと身体,両方の今を書いておいたメモ。

一緒に読んでもらった。

 

その後も色々と質問され,普通の会話だったらシラけてしまうくらいの間を開けながら,なんとか答えきった。

30分くらい話したあたりで,大学時代から苦しかった原因を説明してもらうことができた。

そうか,そうだったのか。

ああ,そうか。

 

待合室に戻った後,もう一度トイレに行ったが,その時には少し,安心という気持ちが芽生えていた。

やっとスタートラインに立ったぞ,という気持ち。

 

でも,そのスタートラインに両足で立つということが,どれだけ大変か,その時の私はまだ考えられていなかった。

 

それでは,また。