言葉の窓から

今日は,どんな景色が見えるだろう。

始まりが分からない小さな異変

笑わない。

こんな光景は,学校でよく目にしているものだった。

一定の期間が経つと,昨日までと全く違うターゲットになる。

狭い空間で毎日を過ごす私たちにとって,どうしようもない気持ちのはけ口は,一緒に過ごす友人に向けられる他なかった。

誰も,例外でない。

その時のターゲットに,笑顔は向けられない。

何が,多数派を不機嫌にするのか分からない。

毎日が,先の見えない迷路のようだった。

 

それが,自分の家の中で起きた。

父と母が,同じタイミングで笑わない。

もっというと,母が,笑わないようにしている。

父は,無理に笑っている。

いつからだったか,気づいた時には,その始まりはもう思い出せなかった。

 

どうして,こんなことになっているのか分からなかった。

こんなことになったのは,覚えている限り,初めてのことだった。

 

笑ってくれたっていいのに。

そんな小さな怒りさえ,彼らに抱いていた。

父が笑うときには,私も母の方を見て,必死に笑った。

それでも,母の顔は変わらなかった。

学校で毎日目にする,ターゲットを見るような冷ややかな表情が,あるだけだった。

 

なんでパパが笑う時に一緒に笑わないの?

気づいて,強く心に思っていても,声に出すことなんて,できなかった。

 

いつ終わるか分からないこの状況に,理由を見つけようとした。

私がこの間,ピアノの練習をしっかりやらずにレッスンに行ったからかもしれない。

最近ちゃんとご飯のお手伝いをしていなかったからかもしれない。

きょうだい3人で,テレビを見ていて,いつまでもお風呂に入らなかったことに怒っているのかもしれない。

 

自分で,仮説を立てて,直そうと努力した。

中学に入って慣れない勉強と部活でへとへとだったけど,父と母が笑ってくれるなら,そんなことはどうだってよかった。

 

勉強の途中でも,母に呼ばれた時には,すぐに自分の部屋から出て行った。

早くお風呂入りなさい,と言われた時には,ぐずる妹を引きずって,脱衣所に行った。

好きじゃないピアノの練習も,頑張ってやった。

 

一向に,出口は見えなかった。

父の目を見ても,母の目を見ても,そこに答えは見つからなかった。

中学生の私には,見つけられなかった。

 

それでも私がどうにかしなければならないと思っていた。

妹と弟はきっと気づいていないから,私しかいないと思っていた。

どうしたら二人を笑わせられるのか。

どうしたら,喜ばせられるのか。

 

小学生の時から,通知表の「関心・意欲・態度」に○をつけてもらえるようにと培った「大人が望んでいることをキャッチして,その通りに動く」スキルを,最大限に使った。

使ったけれど,そんなに簡単じゃなかった。

誰も手を上げなくて困っている時を見計らって挙手をしたり,授業の後に分かりきっていることを質問に行ったりするだけで通知表に○をつけてくれる学校とは,違った。