言葉の窓から

今日は,どんな景色が見えるだろう。

お願い,今は,ゆっくり休んで

ママね,今休職中なの。

母から電話がかかってきた。

あら,そうなの。

予想していなかった言葉が鼓膜にぶつかり,いつもの「気の利いた言葉リスト」が正常に起動しなかった。

いつから?うーんと,この間の月曜日から。そうか,じゃあ一週間くらいか。

事務的なやりとりをしている間に,そうだ,これでよかったんじゃんと,自分の気持ちが追いついてきた。

 

実家にいる間,職場の大変さを常々聞いていた。

母の話に登場する主任は,口角を上げていても黒目は硬直したままの表情で,自己防衛に勤しんでいるイメージだった。

毎日,母は家に帰ってきても日付が変わるまで持ち帰ってきた仕事をしていた。

書類が増える時期は,家に戻ってくる時間ももったいないから,と言って,弟の習い事の送迎中,車で一人,パソコンに向き合っていた。

 

最近は毎日ソファで寝てるだけ,何にもしたくないんやおね。

私は,そりゃそうだ,と思った。

あれだけやっていたらいつか壊れる。

それは,自分の経験から分かっていた。

いや,もう,壊れちゃってるよ,ママ。

夜,横目に見た母の部屋から漏れている灯りに向かって,心の中で何度そう言い聞かせてきたか。

心を鬼にして,父と一緒に,直接話したこともあったはずだ。

 

いいんじゃない,今は,いいよ,それで。

離れることができたなら,休めるだけ休んだ方がいい。

ばかみたいに,何もしないのがいい。

これまで人のわがままに付き合ってきた分だけ,他の人にわがまま言うのがいい。

押し殺してきた自分の感情を,丁寧に取り戻すのがいい。

それだけで,折れた傘を必死で握って嵐の中を進んでいるかのように,体力を使うんだから。

 

母は強い。

本当に,強い。

私が見てきた母,話に聞いたことがある母は,言葉などでは到底表せられない,想像もできないものを一人,背負ってきた。

 

よかった,私はそう思った。

心の底から,そう思った。

いつか,どこかで,糸がプツンと切れて,大好きな母が姿を消してしまうのではないかと,子どものころからずっとずっと不安だったから。

よかった。

 

早く実家に帰りたい。

帰って,母に会いたい。

直接話したい。

どうせ,そういう時に限って「気の利いた言葉リスト」が起動して,大したことない言葉しか,出てこないんだろうけど。

電話してきてくれてありがとう。

待っててね。

 

それでは,また。